ポスプロ(仕上げ)のスケジュールは、普通はフイルムで編集するわけで、編集マンが職人ワザでフイルムに使うところをサササッとサインして、助手がそれを切って、つないで、音も一緒に編集。それを撮影中にやるらしい。
SFはそんなこともなく、6月に休みになった時から8月までかかって、編集マンが編集したのを見た。そして、監督のねらいと違ったので、急遽、ビデオで編集をはじめた。しかしVHSの編集なので、キレが悪い。時間がかかったが、8月後半からサントラを作っていたので、布袋寅泰氏に見てもらい、それまで作ってもらっていた曲、約20曲は無駄になってしまった。(ごめんなさい)そこで、たち合わないとできない発言になり、(そりゃそうだ)編集で徹夜を繰り返しながら、音楽のスタジオに通っていたのが9月。
そして、編集の直しがあがってきたけど、まだねらいとは、近づかない。そこで、ノンリニアにする事にして、シーンを選びだして、ネガをテレシネして、そのネガのエッジに入っているフイルムのデータをビデオに入れて、ノンリニアにて、ビデオの画像と差し替えをすることになり、それは10月から今も続いている。(12月)
その間にINFERNOでCGをやることにして、9月の末から12月の11日が最終なのだけど、13日くらいかけてようやく、カメのように進んでいる。そうしている間に8月にも撮影はしたし、9月にもCGに必要な合成用の高い場所から見た川というショットのために奥地に行き、僕がカメラマンで、工業用クレーンで橋の上から川に張り出されて命綱で結ばれて撮った映像を東京現像所にてスキャンしてもらって、1週間まつ。そしてINFERNOで合成。そしてデータをはき出してフイルムにしてもらうのに4日。そしてそれをビデオにテレシネして、ノンリニアに入れてデータを出して、編集さんに編集してもらうというプロセスだ。
もっと大変なのは、オプチカルだ。ビデオだと、フェードイン(例えば黒から映像が出てくる)とかは1秒で出来るが、フイルムだと、編集さんに頼んで、サインをしてもらい、それをネガ編集の人に送って、ネガを現像所に出してもらう。そして1週間まって、それが送られてくる。そして見る。クーーーーー早すぎる!!!と、ぼやいて、もう一度やりなおすと8日はかかる。それを延々とやっているのである。
そして、フレーミングの調整もさることながら、SFはモノトーンの作品なので、カラーフイルムを脱色するために、1200カットのオプチカルをやっているのである。これって、東京現像所がはじまって以来だそうだ。(そりゃそうだろうな)
映像の作業と平行して、ナレーションを今日とった。吹越満が扮する平四郎の魂がサムライだったころを回想する構成に、つい先週に決定して、映画をREMIXしたのだ。原稿を先週から書いて、今日、最高にいいナレーションがとれた。これで、ついにナカノ映画らしい映画になったと言うことで今日は最高にうれしいのであった。
ちなみに明日は70分くらいまでのラッシュを見て、ベルリン映画祭に出すための作業に入る。それと平行して、8日に一本化して、テレシネして、音楽効果の仕事に突入するのだ。布袋くんがハリウッドで100万も出して買ってきたすごい効果音のCD100枚から僕が選んだ音とベテランの音効マンの人が作る音、そして屋久島に行ったら帰ってこない中田悟さんの素晴しい、自然音コレクションが加わって、ものすごい日本映画となるのが12月の22日。
そしてゼロ号ラッシュが12月26日。だからピースデリックの忘年会は27日。一月になったら、色の調整とかをやる。初号プリントが1月の15日。2月になったら、日本武道館にでっかいスクリーン、アホほどPAをつんで大試写会をやる。ついに中野裕之、ミュージシャンでは果たせなかった夢を実現だあ。 てなことあって、予告編もつくらにゃいかんが、ポスターやら、チラシやらいろいろ、かかわっているから忙しい。3月にはパルコで写真集のイベントやって春休みには単館で先行公開して、4月の20日からゴールデンウイークに全国で公開というのが、今向かおうとしている目標。毎日、必ず、トラブルがあるからどうなるかしらんが、映画そのものはとにかく、面白い!カッコイイ!と思う。

中野裕之 4/12/1997